儒学のすすめ
論語 現代語訳大全

03-12 『祭祀は実在性をもって行うべきもの』

現代語訳

お師匠様は、お祀りするご先祖様がまるでそこに居るかのように、祭祀を行いました。

お師匠様は、あたかも神様が居るかのように、神様の祭祀を行いました。

お師匠様が言われました。「お祀りする相手がそこに居るかのようにして、もし私がその祭祀に関わらなければ、それはもはや祭祀とは言えません。」

現代への応用(☑表示)

現代社会では、目に見える成果や効率が重視される一方で、目に見えない存在や関係性に対する意識が薄れがちではないでしょうか。しかし、人とのつながりや信頼といったものは、目に見えないからこそ、どのような心で向き合うかが大きな意味を持つと考えられます。

例えば、対面していない相手に対する態度や、直接見ている人がいない場面での振る舞いには、その人の本質が現れます。形式としての行為をこなしていたとしても、そこに相手の存在を感じる意識がなければ、その行為は空虚なものになってしまうものではないでしょうか。

孔子が示しているのは、目の前にいなくても、あたかもそこにいるかのように向き合う誠実さです。それは単なる想像ではなく、相手を尊重する心を具体的な行為として表す姿勢であり、そのような心があって初めて行為は意味を持つと説いています。

現代においても、誰も見ていない場面や、相手が直接そこにいない状況においてこそ、自分の在り方が問われるものと考えられます。目に見えないものを軽視するのではなく、あたかもそこに在るかのように丁寧に向き合うことが、人としての信頼や品位を形づくっていくと考えられます。

原文・書き下し文(☑表示)

祭如在。まつることいますがごとくす。
 
祭神如神在。かみまつるにはかみいますがごとくす。
 
子曰。いわく。
吾不與、われまつりにあずからざれば、
祭如不祭。まつらざるがごとし。
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