儒学のすすめ
論語 現代語訳大全

03-07 『争わず、礼に基づいた秩序ある競争を重んじる』

現代語訳

お師匠様が言われました。「君子には、争うところが存在しません。ただし弓の競射においては別です。弓の競射は、会釈し譲りあって堂に上り下りし、そして勝者が敗者へお酒を飲ませます。(”弓の競射”は争いと言っても、一貫して譲り合うものですから、)その争いは、君子的です。」
補注
  • 弓の競技は、”しゃ”と呼ばれ、当時の君子のたしなみのひとつとされていた。

現代への応用(☑表示)

現代社会では、競争は避けられないものとして広く存在しています。仕事における成果の競い合いや、評価や地位をめぐる争いなど、多くの場面で人は他者と比較される状況に置かれています。そして、その競争の中でしばしば問題となるのは、勝つことだけに意識が向き、相手への敬意や公正さが失われてしまうことではないでしょうか。

孔子がここで示しているのは、争いそのものを否定するのではなく、争うのであれば「礼に基づいた在り方」であるべきだという考え方です。弓の競射においては、互いに譲り合い、礼を尽くしながら競い合うことで、単なる勝敗を超えた品位ある関係が保たれています。

現代においても、競争は避けられないものであるからこそ、その過程が問われるものと考えられます。相手を打ち負かすことだけを目的とするのではなく、互いを尊重し、公正なルールのもとで力を尽くすことが重要だと考えられます。そのような姿勢は、結果以上に周囲からの信頼を生み、長期的にはより良い成果へとつながっていくものではないでしょうか。

競争の中にあっても品位を失わず、相手を尊重しながら自らを高めていく姿勢こそが、この章が現代に伝えている本質であるといえるでしょう。

原文・書き下し文(☑表示)

子曰。いわく。
君子無所爭。君子くんしあらそところし。
必也射乎。かならずやしゃか。
揖讓而升、あつまりゆずしかしてのぼり、
下而飮。にしてむ。
其爭也君子。あらそいや君子くんしなり。
広告

【次へ】 03-08 『礼は内面の上に成立する外的秩序である』

【前へ】 03-06 『身分秩序を破った祭祀への批判』

八佾はちいつ第三の章一覧を見る