03-06 『身分秩序を破った祭祀への批判』
現代語訳
(季孫氏:)季氏が、泰山(※)へ出向こうとしていました。(季孫氏は、諸侯の礼である泰山の祭を行おうとしていましたが、陪臣の身分なので非礼をおかそうとしていました。)お師匠様は、季孫氏へ仕えていた冉有へ尋ねて言われました。「季孫氏が、泰山へ出向くことを、あなたには防止できませんか?」冉有は応じて言われました。「できません。」お師匠様は言われました。「ああ、なんと泰山は、礼をわきまえた人物の林放にも及ばないほどに価値を失ってしまうのですか。」
補注
- ※泰山 … 中国歴代帝王が王の即位や感謝を天地へ告げる”封禅の儀”が行われる聖地。
登場人物
- 季孫氏 … 魯の公族、三桓氏、季孫氏という家系。季氏とも書く。魯の重臣。
- お師匠様 … 孔子本人。名は丘、字は仲尼。
- 冉有 … 孔子の弟子。孔門十哲の一人。名は求、字は冉求。冉子とも呼ばれる。
- 林放 … 魯の国の人。
現代への応用(☑表示)
現代社会においても、不適切な行為や本来許されるべきでない判断が行われる場面は少なくありません。そして問題は、その行為そのものだけでなく、それを止める立場にある人が何もできずにいることにもあります。例えば、組織の中で明らかに不公正な判断や規則違反が行われているにもかかわらず、「立場上逆らえない」「自分には関係ない」として見過ごされてしまうことがあります。その結果、誤りは正されないまま積み重なり、やがて組織全体の信頼を損なうことにつながってしまうものではないでしょうか。孔子がこの場面で示しているのは、礼をわきまえない行為への批判だけでなく、それを諫めることができなかった側への問いかけでもあります。正しいと分かっていながら何もできない状況は、単なる無力ではなく、結果として不正を許してしまうことにもつながってしまいます。ここで問われているのは、権威や力の前に立ったときに、どのように振る舞うかという姿勢です。現代においても、自分の立場や利害にとらわれるだけでなく、「それは本当に正しいのか」と問い、可能な範囲で声を上げる勇気が求められます。たとえ大きな力を変えることができなかったとしても、その姿勢そのものが秩序を守る一歩となり、周囲に影響を与えていくと考えられるからです。この章は、権威の逸脱だけでなく、それに対して沈黙してしまう人間の在り方にも光を当てている点で、現代の組織や社会においても多くの気づきを与える内容であるといえるのではないでしょうか。
原文・書き下し文(☑表示)
| 季氏旅於泰山。 | 季氏、泰山に旅す。 |
| 子謂冉有曰。 | 子、冉有に謂いて曰く。 |
| 女弗能救與。 | 女救うこと能わざるか。 |
| 對曰。 | 対えて曰く。 |
| 不能。 | 能わず。 |
| 子曰。 | 子曰く。 |
| 嗚呼、 | 嗚呼、 |
| 曾謂泰山、 | 曽ち泰山を、 |
| 不如林放乎。 | 林放に如かずと謂えるか。 |
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