儒学のすすめ
論語 現代語訳大全

03-01 『身分をわきまえない権威の乱用は許されない』

現代語訳

孔子こうしが、季孫氏きそんし:)季氏きしについて評されました。「王朝の儀礼で天子が行うための八佾はちいつまい”を天子より低い立場の季孫氏きそんし庭で舞わせました。これを許してしまうなら、いったい何が許されないというのでしょうか。(こんなことは、決して見過ごすことはできません。)
登場人物
  • 孔子こうし孔子こうし本人。名はきゅう、字は仲尼ちゅうじ
  • 季孫氏きそんしの公族、三桓氏さんかんし季孫氏きそんしという家系。季氏きしとも書く。の重臣。

現代への応用(☑表示)

現代社会においても、「本来の立場や役割を超えた振る舞い」は、組織や社会の秩序を乱す原因になると考えられます。

例えば、企業において本来の権限を超えて意思決定を行ったり、肩書きや立場を利用して特別扱いを求めたりする行為は、一見すると些細なことのようでも、周囲の信頼や公平性を損なうものではないでしょうか。それが積み重なると、組織全体の規律が崩れ、やがては大きな混乱を招きます。

孔子が問題にしたのは、単なる形式違反ではなく、「礼=秩序を守る心」の欠如でした。

つまり重要なのは、「ルールを守ること」以上に、「自分の立場を正しく理解すること」、「その立場にふさわしい振る舞いをすること」、「他者とのバランスを崩さないこと」であると考えられます。

現代に生きる私たちにとっても、「これくらいなら許されるだろう」という小さな逸脱を軽視せず、自らの役割と責任の範囲を意識して行動することが、信頼を築き、健全な社会や組織を保つ基盤となると考えられます。

原文・書き下し文(☑表示)

孔子謂季氏。孔子こうし季氏きしう。
八佾舞於庭。八佾はちいつていわす。
是可忍也、これしのくんば、
孰不可忍也。いずれをかしのからざんや。
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