儒学のすすめ
論語 現代語訳大全

03-02 『立場をわきまえない儀礼の乱用を否定』

現代語訳

しゅう王朝の家臣で、季孫氏きそんし叔孫氏しゅくそんし孟孫氏もうそんし三家の人々が、しゅう王朝の天子を讃える楽曲ようの歌”で、儀礼をとりおこないました。

それについて、お師匠様が言われました。「ようの歌”の歌詞には、"主公を助けて、天子はおだやかです。" とあります。このような王朝を讃える歌を、どうして三家の御殿で採用ができるのでしょうか。(このような身分違いの採用をして良いはずがありません。)
補注
  • ようの歌を歌うのは天子の礼で、三家の人々が陪臣であるにも関わらず、これに違反をしていた。
登場人物
  • 季孫氏きそんしの公族、三桓氏さんかんし季孫氏きそんしという家系。季氏きしとも書く。の重臣。
  • 叔孫氏しゅくそんしの公族、三桓氏さんかんし叔孫氏しゅくそんしという家系。の重臣。
  • 孟孫氏もうそんしの公族、三桓氏さんかんし孟孫氏もうそんしという家系。の重臣。
  • お師匠様 … 孔子こうし本人。名はきゅう、字は仲尼ちゅうじ

現代への応用(☑表示)

現代社会においても、「本来その場にふさわしくないものを取り入れること」は、周囲に違和感や不信感を与える原因となるものではないでしょうか。

例えば、企業や組織において、本来の理念や規模に見合わない過剰な演出や権威づけを行ったり、形式だけを取り入れて実態が伴っていなかったりするケースがあります。こうした行為は、一時的には見栄えが良く見えるかもしれませんが、やがて「中身のない装飾」として見抜かれ、信頼を損なうことにつながるものではないでしょうか。

孔子が問題にしたのは、単なる音楽の使用ではなく、「その内容と立場が一致していないこと」そのものでした。

つまり重要なのは、「自分たちの立場や役割に見合った表現を選ぶこと」、「外面的な形式よりも、内実との一致を重視すること」、「他者からどう見られるかだけでなく、内容の正当性を保つこと」だと考えられます。

現代においても、見栄や形式だけを追い求めるのではなく、「それは本当に自分たちにふさわしいものか?」と自問する姿勢が、信頼と品格を保つために欠かせないと考えられます。

原文・書き下し文(☑表示)

三家者以雍徹。三家さんかものようもってっす。
 
子曰。いわく。
相維辟公、たすくるは辟公へきこう
天子穆穆。天子てんし穆穆ぼくぼくたりと。
奚取於三家之堂。なんんぞ三家さんかどうらん。
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