儒学のすすめ
論語 現代語訳大全

02-07 『養うだけでは孝ではない』

現代語訳

子游しゆう孝順こうじゅんのことを問われました。

お師匠様が言われました。「近頃の孝順こうじゅんとは、ただ養うことだと思われていますが、しかし、犬や馬でさえ養われているではありませんか。敬意がなければ、何によってそれと区別ができましょうか。」
登場人物
  • 子游しゆう孔子こうしの弟子。孔門十哲こうもんじってつの一人。名はえん言游げんゆうとも呼ばれる。
  • お師匠様 … 孔子こうし本人。名はきゅう、字は仲尼ちゅうじ

現代への応用(☑表示)

現代においても、「親孝行」として生活の面倒を見ることや経済的に支えることが重視される傾向があります。しかし本章では、それだけでは本当の意味での孝とは言えないことが示されています。

本章の「近頃の孝順とは、ただ養うことだと思われていますが、しかし、犬や馬でさえ養われているではありませんか。」という言葉は、単に生活を支えるだけでは、動物を養うことと本質的な違いがないという厳しい指摘です。

そして、「敬意がなければ、何によってそれと区別ができましょうか。」と続くように、人間としての関係を成り立たせる決定的な要素は「敬意」にあるとされています。

現代に置き換えると、たとえ親の生活を支えていても、態度が横柄であったり、感謝や尊重の気持ちが欠けていれば、それは本来の意味での孝とは言えないと考えられます。逆に、大きなことができなくても、日々の接し方に敬意が込められていれば、その関係は健全に保たれるものではないでしょうか。

またこの考え方は、職場や人間関係全般にも当てはまります。業務として必要なことをこなしていても、相手への敬意がなければ、信頼関係は築かれません。逆に、相手を尊重する姿勢があれば、同じ行為でもその価値は大きく変わるものではないでしょうか。

つまり本章は、「行為の内容だけでなく、その中にある敬意こそが人間関係の質を決める」という教えを示しています。そして私たちは、自分の行動が単なる義務になっていないか、その中に敬意が伴っているかを問い直す必要があるのではないでしょうか。

原文・書き下し文(☑表示)

子游問孝。子游しゆうこうう。
 
子曰。いわく。
今之孝者、是謂能養、いまこうは、やしなうをう、
至於犬馬、皆能有養。犬馬けんばいたるまで、やしなうことり。
不敬何以別乎。けいせずんば、なにもっわかたんや。
広告

【次へ】 02-08 『孝における態度の重要性』

【前へ】 02-06 『親の心配を理解することは孝』

為政いせい第二の章一覧を見る