儒学のすすめ
孔子の生涯(超概要)

▼孔子とは

孔子とは、中国・春秋時代の思想家であり、儒学の基礎を築いた人物です。紀元前6世紀頃に生まれ、礼(れい)や仁(じん)といった徳を重んじる倫理思想を説きました。

その教えは、弟子たちによってまとめられた論語に記され、後の東アジア社会において、政治・教育・道徳の基盤として長く受け継がれてきました。

(論語については、「論語 現代語訳大全」へ掲載しています。)

▼孔子かんたん年表

誕生と幼少期

紀元前552年に、魯(ろ)の国の鄹邑(すうゆう)で鄹邑大夫の次男として誕生する。

孔子が3歳のときに、父を失う。

若年期

孔子が15歳のときに、学問を志すことを決意する。孔子は特定の師匠から学んだのではなく、すべて独学で学んだと言われています。
>> この時期に培われた「自ら学び続ける姿勢」は、後の教育思想の基盤となりました。

孔子が17歳のときに、母を失う。

孔子が19歳のときに、宋の幵官(けんかん)氏と結婚する。

官僚経験

孔子が28歳のころまでに、魯に仕官する。

孔子が36歳のときに、当時の魯(ろ)において孔子の主君であった昭公(しょうこう)が、斉(せい)へ国外追放される。孔子も昭公のあとを追って、斉へ外遊する。

孔子が37歳のときに、斉より魯に帰る。

孔子が52歳のときに、魯に士官する。
>> 孔子は、政治の現実に触れる中で、理想と現実の隔たりを強く認識するようになります。

放浪期

孔子が56歳のときに、官を辞職し、魯を去って外遊、弟子たちとともに諸国巡遊の旅に出る。衛(えい)、晋(しん)、鄭(てい)、陳(ちん)、蔡(さい)、楚(そ)などを外遊し、衛と陳に長くとどまった。
>> この放浪の経験は、孔子の思想を実践しようとした試みであり、同時に理想が受け入れられない現実を知る時期でもありました。

晩年

孔子が69歳のときに、衛より魯に帰る。孔子は魯において士官せず、教育や著述に没頭した。
>> 晩年は、後世に教えを残すことに専念し、その思想は弟子たちによって『論語』としてまとめられました。

孔子が74歳のときに、その生涯を閉じる。当時の中国においては大変長命であった。

以上、孔子の生涯から分かること

孔子の生涯は、理想の政治と人のあり方を追い求め続けた人生でした。しかし、その思想は当時の社会においてすぐに受け入れられるものではなく、実際には、諸国巡遊中に多くの困難にも直面しました。

それでも孔子は学びと教育をやめることなく、自らの思想を後世へと伝えることに尽力しました。その結果、孔子の教えは『論語』としてまとめられ、時代を超えて受け継がれることとなりました。